*第14回前川佐美雄賞受賞
〈イギリス歌日記 十三ヵ月〉
2011年、バレンタインデーにダブリンに入った僕たち。
ロンドンに居を構え、やがて父と母と子の三人になった。
遠く母国から離れて知る東日本大震災の一報、
暴動に燃え上がる街、
多民族が集う土地での子育て、
異文化の中で過ごした十三ヵ月、
帰国を前に思う、
この旅の、行方は僕にもわからない——。
【歌集より】
アイルランドの首都ダブリンに着いたのはSt.Valentine's Dayの夜。
総選挙が近いのか街中に候補者のポスターが。
赤き薔薇ささげて待てる青年を過りて我ら旅のはじまり
3/11 あれは貴方の国ぢやないのかと言われ、テレビを見上げる。
水はあんなに黒くなるのか音の無き画面は暗き朝に開きぬ
7/13 本来の出産予定日は今日。一時間ごとに乳をせがむ。
アスパラガス嗅ぎつつ見ればなんといふ決意の顔で乳房に挑む
9/6 ロンドン一美味しい餡パンは、ソーホー中華街の金門餠店、といふ結論に。
明日へわれらを送る時間の手を想ふ寝台に児をそつと降ろせば
3/26 「yesとあたしは言ったyesいいことよyes」(『ユリシーズ』)
妻と児があれば我など誰でもいいひかりを諾ひ生きゆかむかな
2015.8.30刊
四六判変型/220頁
ISBN 978-4-86272-424-3