満州からの引き揚げ中に生まれたばかりの児を失う。帰国後はシベリアに抑留された夫を十一年間待ち続けた。戦争による癒えぬ悲しみは生前の三歌集から今歌集にも歌い継がれた。そして、晩年になっての初孫の誕生と終の棲家となった老人ホームへの転居は新たな歌境を開く。
戦後間もなく「原始林」に入会してから七十年余、生涯歌を詠み続け、一昨年、九十八歳で逝去された著者の遺歌集。
編=矢澤 寛
【収録作品より】
弾みつつ児の垂らす涎すきとほるタカイタカイと抱きあぐるに
ぬくき部屋に大津波の惨を見る不遜昨日より悲器となりぬテレビは
うつし世に汝を知るのは母われのみピョンヤンの土となりし赤児よ
暑を恐れ寒に怯えて老いを生く一日長く一年短し
息子夫婦の凝視を知ればゆつくりと令和二年の雑煮餅食ぶ
「歌は母の気持ちや生活を思い出すことのできるもの。そして、歌は母の人生になくてはならない大切なものでした。私は、やはり歌集にまとめておきたい、それに刊行するなら母を知る人がたくさんいるうちにと思いました。」 (編者あとがきより)
装幀=花山周子
2025.4.21刊
原始林叢書第309篇
四六判ソフトカバー/224頁
ISBN 978-4-86272-796-1